東京地方裁判所 昭和57年(ワ)13783号 判決 1985年3月27日
原告
佐藤節夫
ほか一名
被告
日動火災海上保険株式会社
主文
一 被告は、原告らに対し、各金一〇〇万円及び右各金員に対する昭和五七年一一月一七日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告らに対し、各金六五〇万円及び右各金員に対する昭和五七年一一月一七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五五年一一月一二日
(二) 場所 北海道静内郡静内町字浦和六七番地先路上
(三) 事故車両 普通乗用自動車(札五五に五二六九号)
右運転者 亡佐藤裕之(以下「亡裕之」という。)
(四) 事故態様 亡裕之は、事故車両を運転して事故現場道路を進行中、訴外滝川長映(以下「滝川」という。)運転の大型貨物自動車(室二さ三二〇〇号、以下「滝川車」という。)と側面衝突し、即死した(以下右事故を「本件事故」という。)
2 保険契約
本件事故車両の所有者である訴外小林秀一(以下「小林」という。)は昭和五四年一二月二八日被告との間で次の保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
(一) 被保険自動車 事故車両
(二) 保険期間 昭和五四年一二月二九日から昭和五五年一二月二九日まで
(三) 保険金額(無保険車傷害) 金五〇〇〇万円
よつて、被告は、本件保険契約が適用される自家用自動車保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)第三章無保険車傷害条項第一条第一項の規定に基づき原告らの後記損害額を保険金額の限度で支払う責任がある。
3 損害
(一) 原告らの身分関係
原告佐藤節夫は亡裕之の父、原告佐藤光恵は亡裕之の母である。
(二) 固有慰謝料 各金六五〇万円
亡裕之は本件事故当時一九歳で、妻佐藤笑子及び子佐藤敦史がおり妻子ともども将来にわたり原告らと同居する予定で、両親である原告らは亡裕之ら家族に囲まれた生活を楽しみにしていたが、本件事故により一瞬のうちにこれを奪われたのであつて、原告らの被つた精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては各金六五〇万円が相当である。
4 そこで原告らは被告に対し、各金六五〇万円及び右各金員に対する本訴状が送達された日の翌日である昭和五七年一一月一七日から各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。同2の事実中本件保険契約の締結は認め、責任は争う。
2 同3の事実中、(一)は認め、(二)のうち亡裕之が事故当時一九歳であつたことは認め、その余は不知。両親の慰藉料としては各金五〇万円が相当である。
三 抗弁
1 事故車両の譲渡
本件約款第六章一般条項第五条第一項に「被保険自動車が譲渡された場合であつても、この保険契約によつて生ずる権利および義務は譲受人に移転しません。」、同条第二項に「当会社は、被保険自動車が譲渡された後に、被保険自動車について生じた事故については、保険金を支払いません。」との約定がある。ところで小林は昭和五五年一〇月初旬亡裕之に本件事故車両を金九〇万円で譲渡しており、本件事故はその後の同年一一月一二日に発生したものであるから、被告は保険金の支払義務を負わない。
2 仮に右主張が理由がないとしても、本件約款第三章無保険車傷害条項第一条第一項に「賠償義務者がある場合に限り、保険金を支払います。」との約定があり、同章第二条(1)によれば、賠償義務者の定義として「無保険自動車の所有、使用または管理に起因し、被保険者の被る損害について法律上の損害賠償責任を負担する者をいいます。」とされている。ところで本件事故は亡裕之の時速一二〇キロメートルを超える速度違反という一方的過失により生じたものであるが、亡裕之の相続人である妻子及び原告らの自賠責保険から合計金二〇〇〇万円(両親固有の慰藉料分も含む。)の支払を受けており、損害額から過失相殺をすると既に過払の状態になつているから、無保険自動車側には法律上の損害賠償債務は残らず、被告には保険金の支払義務はない。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実1及び2は被告主張の約款の存在は認め、その余は否認する。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に各記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)の事実及び2(保険契約)の事実中本件保険契約の締結は当事者間に争いがない。
二 抗弁1(事故車両の譲渡)について判断する。
1 抗弁1の事実中被告主張の約款の存在は当事者間に争いがない。
2 証人小林秀一の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証、証人小林秀一、同伊藤仁詞の各証言、原告佐藤節夫本人尋問(第一回)の結果によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 訴外小林秀一(以下「小林」という。)は、札幌市内に居住し事故車両の所有者であつたところ、同車を他に売却するため雑誌「マイカー情報」にその旨の広告を掲載し、昭和五五年九月末ころ亡裕之が右広告を見て小林方を訪れ、若干事故車両を試乗した後、代金を金九〇万円として即日同車を持ち帰つたが、その際小林に対し金七万円を支払つたほか、同人の求めにより乙第三号証(借用証と題し、「車代として金八三万円借用致します。昭和五五年一〇月三一日までに全額お支払い致します。」との内容の記載があるもの。)を作成交付したが、売買契約書等は取り交さなかつた。亡裕之は、その後右期日までに小林に対して金五万円を支払つたにすぎず、原告佐藤節夫に対しては他から借用中のものであると告げて、本件事故発生日までの一か月余の期間事故車両を使用保管していた。
(二) 小林は、亡裕之が事故車両を気に入るか不確実なため、一旦これを亡裕之の使用に委ね、同人が昭和五五年一〇月三一日までに金八三万円を支払わなければ改めて両名間で協議する心組みであつた旨の証言をしており、加入の任意保険会社(被告)には譲渡の通知をしなかつた。
(三) 証人伊藤仁詞は、右交渉に立会つたが乙第三号証の趣旨について、前記期限までに裕之において金八三万円を支払わない場合は事故車両を小林に返還するというものであり、当初金七万円を小林に支払つているが売買の頭金かどうかはわからない旨の証言をしている。
右事実によれば、亡裕之は小林から事故車両を代金九〇万円で譲り受ける意向で同車の引渡を受けてこれを使用していたものであるが、なお前記小林、伊藤の各証言内容、代金支払状況等に照らし、亡裕之は更に試用運転をした結果最終的意思を固める予定であつて、本件事故発生時において譲渡は完了していない可能性も十分あるといわざるを得ない。
もつとも乙第四号証(小林秀一の会話録音テープ反訳書)中には、小林としては亡裕之に事故車両を売却済であると発言した旨の記載部分があるが、同証拠によれば右は賃貸か売買の何れであるかという質問に対して答えたものであつて、売買であるとして、その何れの段階であつたかについて答えているものでもなく、前記証人小林秀一の証言に照らしても、右記載部分の存在することのみをもつて譲渡が完了した事実を認定することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。被告のこの点の主張は採用できない。
そうすると、被告は本件約款第三章無保険車傷害条項第一条第一項の責任を負うこととなる。
三 事故態様及び過失相殺
成立に争いがない乙第二、第五号証、証人滝川長映、同斉藤ひろみの各証言によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
1 本件事故現場は、非市街地にあつて、静内町方面から三石町方面に通ずる車道幅員約六・五メートルで、歩車道の区分(両側歩道の幅員は各約一・三メートル)のある片側一車線のアスフアルト舗装がされた平坦な直線道路(以下「甲道路」という。)と北方から甲道路に至る幅員約五メートルの非舗装道路(以下「乙道路」という。)が丁字型に交差する交差点付近で、甲道路が乙道路に対して優先道路となつており、夜間の照明設備はない。
2 滝川は事故当日の午後四時三五分ころ大型貨物自動車である滝川車を運転して乙道路を本件交差点に向け進行し交差点手前で一旦停止した後、右折して甲道路静内町方面に進行するに際し、右方九〇メートル以上の地点に事故車両が接近しつつあるのを認めたが、自車が先に右折可能と速断し、同車の車長(約七・五メートル)との関係で一気に右折を完了できないため、秒速約二メートル強のゆつくりした速度で右折を開始したところ、事故車が高速度で進行してきたため、右折開始から約四・一ないし四・三秒後に甲道路中央線付近で自車右側面と事故車前部が衝突した。
3 亡裕之は友人数名を同乗させて事故車両を運転し甲道路を静内町方面から三石町方面に向け時速約八〇から一二〇キロメートルの高速度で進行し、五〇メートル以上先の地点(事故車の速度及び後記スリツプ痕の始点、空走時間から認定。)に滝川車が乙道路から甲道路に右折中であるのを発見し急ブレーキをかけたが間に合わず、前記のとおり衝突した。右衝突により事故車両の前部は大破し、路面には衝突地点に至る長さ約三二・八メートルの事故車両によるスリツプ痕が印象された。
右事実によれば、滝川には、滝川車は右折にあたりやや時間を要するから、より慎重に右方の安全を十分確認すべきところ、これを怠つて右折を開始した過失があるが、亡裕之にも事故現場道路を高速度で運転した過失があり、本件道路状況、事故態様等を考慮すると、亡裕之の過失相殺率を五割と認めるのが相当である。
四 損害
1 請求原因3(一)(原告らの身分関係)の事実は当事者間に争いがない。
2 固有慰藉料 各金二〇〇万円
亡裕之が事故当時一九歳であつたことは当事者間に争いがなく、相続人である亡裕之の妻子が被告に対し保険金請求をしていないこと、後記のとおり自賠責保険からの原告らに対するてん補額は確定できないこと、その他諸般の事情を考慮すると、亡裕之の両親である原告らの被つた精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては、各金二〇〇万円が相当と認める。
3 過失相殺
原告らの損害額から被害者側の範囲として五割の過失相殺減額をすると、その残額は原告らにつき各金一〇〇万円となる。
4 損害のてん補
弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第六号証ないし一一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告佐藤節夫は遺族本人として、また遺族である原告佐藤光恵及び亡裕之の妻子の代理人として自賠責保険金の請求手続をし、死亡による保険金金二〇〇〇万円を受領していることが認められ(右認定を左右するに足りる証拠はない。)、右保険金には亡裕之の両親である原告らの固有慰藉料分も含まれるものである(自動車損害賠償責任保険損害査定要綱)けれども、その具体的金額を確定するに足りる証拠はない(右要綱の基準によれば、死亡本人の慰藉料分金二〇〇万円、遺族(本件では原告ら及び妻子全員分として一括して)の慰藉料分金六〇〇万円であるが、積算額(右金額に葬儀費及び逸失利益を加算した額)が金二〇〇〇万円を超えると、この金額に圧縮されることに照らしても、右基準額を基礎とすることもできない。)。
そこで、本件においては、右の点及び原告ら及び亡裕之の妻子の総損害額(葬儀費金五〇万円、逸失利益は基礎収入として昭和五五年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計の男子全年齢平均賃金、生活費四割、稼働可能期間六七歳までの四八年、中間利息の控除につきライプニツツ式計算方法を採用、慰藉料総額金一五〇〇万円から過失相殺後自賠責保険金二〇〇〇万円を控除した残額で別紙計算式のとおり、金六三三万六三六五円となる。)が残ることを考慮したうえ、前記原告らの固有慰藉料額を算定するのが相当である。
なお被告は、自賠責保険金の支払により原告らの損害額は過払状態になつていると主張するが、右認定のとおりであるから採用できない。
五 以上の次第で、原告らの被告に対する本訴請求は、各金一〇〇万円及び右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五七年一一月一七日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当としていずれも棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本久)
計算式
1 葬儀費 金五〇万円
2 逸失利益 金三六九七万二七三一円
3,408,800×(1-0.4)×18.0771=36,972,731
右金額は原告らの減縮前における主張額を超えるが過失相殺減額の結果、その範囲内となる。
3 慰藉料 金一五〇〇万円
4 右合計 金五二四七万二七三一円
5 過失相殺 金二六二三万六三六五円
6 自賠責保険からのてん補 金二〇〇〇万円
7 損害額 金六二三万六三六五円